開業秘話(6年前のブログから)
※写真は開業当初の私です~なんか笑えます(笑)
2021年の1月で開業して16年目を迎えました。
久しぶりにブログを更新しましたが、今から6年前の開業10周年まえの記事を見つけました。なかなかの長編ですので、時間に余裕がある方だけ(笑)
サラッとご覧ください。(*^▽^*)
以下6年前の記事になります。
私が整体院を開業して、来年の1月でちょうど丸10年になります。
その前は地元の100円ショップの店長をしてました~♪
たま~にお客さんの中で、昔○○店にいましたよね~!
なんて言われると
めちゃめちゃ照れます~(笑)
※どうやら声が特徴だそうです(笑)
実はお店を辞めて整体の仕事をやろうと決意したのは、
ちょど31歳の1月末の事でした。
20代は、まあ~かなりの転職続きで訪問販売やら営業やら写真屋さん。
ユ〇クロにいた時もありましたし車にパンをのせて販売していた
時期もありました。
とにかく履歴書に書くときには2枚目にはいるほど転職だらけの20代でした。
そんな中知り合いに誘われてはいった100円ショップ。
この時期は、かなりの忙しい時期で約3年ぐらい働いてました。
その31歳の1月の時に浜松の方にある2店舗の店長について、
移動した矢先にある重大な出来事がおこりました。
実は、うちの父親は私が中学1年の時に癌が見つかって、
夏休みやら冬休みやら長期の休みを利用して入退院を繰り返して
仕事を続けてました。
一度私が大学3年生の時にかなりヤバイ状態になり、
病院にお見舞いした時には、本当に小ちゃくなっていて
トイレに行くときにも私の肩をかりないと動けないぐらいでしたので、
あ~もう親父亡くなっちゃうんだな・・・なんて覚悟をしたものでした。
結局、母親の手厚い看病もあってその時は回復したのですが、
それから10年ぐらいすぎたその年の1月末に
お店の方に夜閉店間際に母親から電話があり再検査にひっかかり、
かなりヤバイ状況で一刻も早く入院して即手術をしないと・・・
という内容でした。
パートのおばさんに「店長顔真っ青ですよ!大丈夫ですか?」
と言われたのを今でも思い出します。
その時の父親の年齢は64歳。5月の誕生日で65歳になり、
本当に定年間近でした。
父親が通っていた病院は自宅のある袋井市から車で1時間半ぐらいの
静岡市の方にあったのですが、その当時3歳上の姉は浜松の方に嫁いでおり
私を含めて3人で暮らしてました。
そして母親の方は免許を持っていなかったので、まずその時電話を切って、「まずは会社を辞めて父親を看病しないといけない・・」と強く思ったのでした。
その日から2~3日家でどう過ごしたのか
イマイチ記憶に残っていないのですが、
新しいお店を任されて上司からも信頼され、
これからとう次期だったのですが、不思議とお店は辞めよう!と決意はしてました。
でも中々、お店を移動したばかりだったので上司に
どのタイミングで話しをしようと悩んでおりました。
そんな中、ちょうど以前の店長さん(60代の方です)が
引き継ぎの用事でいらしていて、色々話されていたのですが、
こっちとしてはとにかくその日の内には一度上司に電話おしないと
と思っていたので、
もう~この人早く帰らないかな~なんて思ってました。
そして、よ~やく帰る感じになって裏口のドア付近で、
見送ろうとした瞬間に突然その方が、こう切り出しました。
「そういえば、俺の知り合いでず~っと大型スーパーで
働いていた奴がいるんだけど、
そいつが定年してから整体をやりだしたんだけども、なんか流行ってるらしいよ~
どうやら、ずっと接客をやっていたから整体も接客と同じだそうで
技術さえ身につけたら、上手くいったらしいよ。」
このなにげない話しを聞いた瞬間に目の前の暗闇にピカっと光る一筋の輝きがみえて、
その方にすぐに
「その方に一度会ってお話聞きたいので、今度一緒に会いに行ってくれませんか!」と、そこでアポを取りました!
それから、その方がお店の裏口を出てからすぐに上司に
「私、整体師になりたいので今月いっぱいでお店を辞めさせていただいます!」と電話しました~♪
うちの亜由美さんもそうなんですが、
整体をやっている方って、昔自分がケガをして
それを治してもらって感激したからなった!
みたいな方が多いようですが~
私は、それまでマッサージも整体も一度も受けたことなかったんですが~
本当にピン!ときてそこで決意しました!
今まで散々接客やら営業やら人と接する仕事ばかり
10年ぐらいしてきたので、技術さえ身につければなんとかなるだろう!
本当に、そ~んな感覚で無事に仕事を2月1日付で辞めて、
2月2日に整体の学校に無料体験を受けに行き
2月13日から整体の学校に通う事になりました!
まあ~親の方はビックリですよね(笑)
いきなり仕事は辞めるは、
整体師になって開業するから学校に通う!
なんて言われちゃいましたからね~
父親にも
「お前、俺が今からどんな状況で手術するのかわかってるか?」
なんて言われましたが、
生きるか死ぬかもわからない大きな手術を
数日後に控えている父親に対してその時に言ったのが~
「俺は、俺の人生を精一杯生きるから、あんたは、あんたの人生を精一杯生きてください!」でした~(笑)
いや~今思い出しても、よくそんな事を言ったな~と思います。
結局、親父もこんなアホな息子残して死ねないと思ったのが、
10年以上すぎた今でも元気に孫のお世話してくれてます(笑)
※16年すぎた今でも元気にすごしてます♪
今思い返してみると
高校決めたり
大学決めたり
仕事決めたり
辞めて転職するのを決めたり
全て親に事後報告でしたね~♪
よく受け入れてくれたと思います。今思うと本当に感謝ですね。
結局、父親の病院も整体の学校の同じ静岡市でしたので
初めは看病しながら学校に通うという事を繰り返してました。
そして、その整体の学校の先輩でその当時にもう開業していたのが
今の奥様、亜由美さんでしたので、まあ~まあ~
運命といいますか、ビビットきた!といいますか、
我ながら天晴れな判断だったと思います。(笑)
亜由美さんとの結婚も、か~なりのビビビ婚!だったんですが、
その話はまた今度~♪
それでは、また~♪
6年前の記事ですので改めて見直しますと、
かなり勢いで書いている所も、ありますので、ご了承くださいな。
そんな感じで現在(※2021年)に至ります。
本当に人に歴史アリ!ですね♪
そんな私になります。改めて、宜しくお願い致します。